阿津川辰海
どっしりと構えて、関係者一人一人の話を聞き、謎の霧の中に分け入っていく。その重苦しくも確かな男の歩みが、いつも私の心を夢中にさせてきた。その男の名は、ジミー・ペレス。イギリス最北端の地、シェトランド地方の警部である。東京創元社から刊行のアン・クリーヴス『炎の爪痕』は、ペレスを主人公とした〈シェトランド四重奏〉シリーズ
新たな年に期待がふくらむ、この季節。振り返ると、2022年も素晴らしい文芸書に恵まれた一年だった。本誌「STORY BOX」のフルリニューアル以来、「採れたて本!」で紹介してきた本は39冊。毎号ハズレなしのフレッシュな作品に出会えると人気の本コーナーでは、特別企画として、各ジャンルの年間ベスト本を7人の評者に選んでい
本で読む、一話完結の警察もの連ドラ。本書『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』(竹書房文庫)の特徴を一言で言い表すなら、こうなる。著者の一人であるSF作家、マルカ・オールダーのウェブサイトによれば、ポッドキャストサービスである Serial Box(今は Realm)で、三人の共著者──フラン・ワイルド
思い返せば昭和の頃には誘拐事件が頻繁に起きていた記憶があるけれども、昨今は監禁目的の場合はともかく、身代金目当ての誘拐は滅多に起きないのではないか。ちょっと前の刑事ドラマでは、逆探知の時間を稼ぐため犯人からの電話への応答を可能な限り引き延ばす描写がよく見られたが、通信解析技術が発達したため今はその必要がなくなっている
きみの言葉で聞かせてほしい。ゆっくりで構わないから。謎、推理、冒険。その全てが詰まったロンドンでの日々を。きみの言葉で語ってほしい。そう呼びかけてページを開けば、十二歳の少年、テッドはユーモラスに語り始める。シヴォーン・ダウド『ロンドン・アイの謎』(東京創元社)は、子供の視線から見た瑞々しい景色と、家族についての悩み
シャーロック・ホームズ。かの名探偵に憧れを捧げた作品は数多い。しかし、それだけにハードルの高い分野だ。今また、香港とインド、二つの場所から時を同じくして、ホームズへの新たなるラブレターが届いた。前者は莫理斯『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』、ホームズの事件と香港の時代性をクロスさせて、原典を一風変わっ
これは一介のノワール読みからの忠告だが、「最後の仕事」なんて言葉を信頼してはいけない。理由は二つある。一つ、そいつは大抵、「最後」にはならない。二つ、本当に最後だったとしても、最悪の不幸ってやつは、必ず「最後」めがけてやってくる。ノワール読み必読の新刊、S・A・コスビーの『黒き荒野の果て』(ハーパーコリンズ・ジャパン
お前と、お前の愛する者全てを殺す。殺人鬼の冷徹な脅迫から幕を開けるロバート・ベイリー『最後の審判』(小学館文庫)は、老弁護士トムを描く四部作の完結編にして、胸が張り裂けるような犯罪小説だ。ベイリーはこの四部作で、法廷ミステリーの中心街道を爆走してきた。一作目『ザ・プロフェッサー』では、仕事・私生活ともに追い詰められる
阿津川辰海「黒い雲」 高枝切り鋏を雲に差し込んで、素早く両腕を動かす。今日は曇り空で、高所作業でも汗をだらだらかかなくて済む。ぼくの近くには空にぷかぷか浮かんだゴンドラが二つあり、片方には霧吹きを持った男が、もう片方には袋を構えた男が立っている。二人とも仕事仲間だ。