アメリカ人はどんな本を読んでいるのか?大統領選挙イヤーに売れている本は?-ブックレビュー from NY【第4回】

11.武器を持つ権利

自分は銃携帯の権利を認めている憲法修正第2条の信奉者で、全米ライフル協会(NRA)のメンバーだ。自分や家族を守ることは自分自身の責任であり、そのために銃を所有している。銃による殺人、精神障害者による銃発砲事件、銃の違法取引が起こるたびに銃規制や銃の所有禁止が叫ばれるが、規制をしたところで、このような事件が防げるものではない。

12.ボロボロのインフラ

空港、橋、高圧線、鉄道線路などアメリカのインフラはボロボロだ。これを修復することは重要な優先プロジェクトだ。インフラ投資は雇用創出につながり、経済効果は計り知れない。アメリカを偉大な国にする第一歩はここから始めるべきだ。そしてアメリカは再び美しい国になれる。

13.価値観

多くの人は金持ちになることは自動的に幸せになることだと思っている。しかし,《金持ち》と《幸せ》は全く別物だ。金持ちをたくさん知っているが、彼らは良い人でもないし幸せでもない。幸せな人たちは、自分のように素晴らしい家族と価値観、そして宗教を信じる心を持っている。

14.新しいゲーム

祖国のために立ち上がり、アメリカが勝つためにチア・リーダーの役割を果たしたいと思っている。オバマ大統領の下では、友好国はアメリカを信頼せず、プーチンや中国はアメリカを馬鹿にしている。新しいリーダーは失ったアメリカの尊厳を取り戻さなければならない。今までビジネスで培った経験が現在のアメリカの危機的状況の役に立つと信じる。過去の偉大さから学んだものを将来の変革に活かすことが必要だ。アメリカを偉大な国にすることによって、祖国に対する信頼とプライドを取り戻そう。

15.メディアに対する教訓

大統領候補には資産開示の義務がある。多くのメディアは、トランプが資産を開示すると、実は自分で言っているほど金持ちでないことがわかるだろうとか、あまり金持ちでないことがわかるのが嫌で資産開示をしないために立候補をしないだろうとか言っていた。しかし、資産開示の結果、メディアの予想を裏切り大資産家であることが証明された。このようにメディアから不当な扱いを受けた経験がたくさんあるが、プレスカンファレンスなどには義務としてなるべく出るようにしている。

16.税法

アメリカの税制度はうまく機能していない。今の税法はお金の必要な人からたくさんの税金を取り、それ以外の人には税の軽減の道がある。税制度を改革し、中産階級や低所得者層のための税控除、税法の簡素化、法人税の軽減による経済の活性化を目指す。

17. アメリカを再び偉大な国にする

自分が経験した最初の大プロジェクトは、ニューヨークのグランド・セントラル駅に隣接する古いボロボロのホテルを今のグランド・ハイアットホテルに作り変えることだった。それから同様のプロジェクトを35年間やってきた。いま作り変えたいのは建物ではなく、アメリカという国だ。機能不全になってしまった国を偉大な国に作り変えることができると確信する。

「本」と「実物」の落差から見えてくるもの

本では客観的に大統領選立候補の目的と政策を掲げるトランプだが、テレビ討論、記者会見では、まったく別人のようだ。テレビ討論やスピーチでのしゃべり方にはインテリジェンスが感じられず、言葉遣いや表現はブルーカラーワーカーのものである。テレビ討論では、不適切な発言や態度から大統領としての品格も疑われている。トランプ本人も自覚はあるようで、本のなかで「自分はナイス・ガイである」としたあとで、「しかし自分は態度が悪い(Nasty habit)」とも言っている。

トランプはブルーカラーの出身ではなく、成功した不動産実業家の息子でペンシルバニア大学ワートン校というエリート大学を卒業している。あるいは演説のマナーの悪さは、有権者のマジョリティを占める白人ブルーカラーワーカー層の支持をとらえる戦略であるかもしれない。そのように演技していると考えるべきではないか。そうでなければ説明がつかない言動もずいぶんある。

もちろん、この本はプロの編集者によって完璧に編集されているし、ゴーストライターが書いた可能性もある。しかし、トランプのアメリカ再生に対する考え方のエッセンスは確かに集約されている。

トランプは、長年テレビのショー番組を作ってきた。そこから、メディアで大衆をとらえる術は十分に学んだであろう。テレビ界では視聴率がすべてだ。トランプは、自分のショー番組の視聴率が良くなければ、テレビ局の番組表から降ろされ、惨めな思いをすると知っている。だからトランプが登場するテレビ番組はすべて高視聴率をあげてきた。メディアを通して大衆の心をつかむことなどトランプにとっては朝飯前だ。

トランプの狙いがブルーカラー票を獲得することであるならば、今のところ作戦は成功していると言えよう。

佐藤則男
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。
1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。

佐藤則男ブログ「New Yorkからの緊急リポート」http://blog.livedoor.jp/norman123

初出:P+D MAGAZINE(2016/03/17)

モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」③その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第4回】
『異類婚姻譚』