芥川賞作家・花村萬月が書き下ろし! 新感覚時代小説【くちばみ 第18回】

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 さて時系列からすれば遥か先まで行ってしまうが、頼芸のその後を記しておこう。
 斎藤と織田の和睦により後ろ盾を喪った頼芸は義龍の攻めにより美濃から追放され、妹が嫁いでいる近江は六角氏のもとに逃げ、そこに居づらくなると実弟である治頼の住む常陸国に移った。
 奇遇といえば聞こえはよいが、美濃守護であったときとは雲泥の差の身の上、どこか邪険な治頼に土岐家系図や家宝を与え、どうにか身の保障を得た。
 けれど、結局は常陸国からも放逐され、下げたことのない頭をとことん下げて上総の土岐為頼を頼り、されど上総国でも酷い扱いを受け、病に倒れ、失明した。それに憐れを催した武田氏が救いの手を差しのべた。
 頼芸が流浪しているあいだに世情は大きく変化した。頼芸をとことん(もてあそ)んだ道三も死んだ。織田信秀も病没した。そして、その嫡子である織田信長が、誰もが目を瞠る大勢力として君臨しはじめていた。その信長が甲州征伐を企てた際、武田氏に庇護されたまま老いさらばえていた頼芸が発見された。
 頼芸の旧臣で、このころ織田麾下(きか)にあった稲葉一鉄は、頼芸の変わりように落涙し、その取り計らいによって美濃にもどった。
 故国にもどって気がゆるんだのだろう、美濃帰還の半年後に頼芸は死んだ。享年八十二であった。
 愚鈍だ、怯懦だと道三にいいように嘲笑され、利用されてきた頼芸であったが、流浪の地にて大好きな鷹の絵など描き続けて、やがて視力を喪いはしたが、されど道三よりも遥かに長生きしたのである。

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 時系列をもどそう。道三が家督を義龍に譲って隠居した三年後の春、病身の小見の方が()(まか)った。深芳野は剃髪してしまっていた。それを追うようにして小見の方は消えてしまったのである。
 このとき道三は五十八歳であった。年齢もあり、さすがに(こた)えたようである。政略に用いてしまった帰蝶のことを強く悔いて、うっすら涙さえ浮かべたという。

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 信長の()(やく)である平手中務丞(なかつかさのじょう)が、信長の放埒を諫めるために腹を切ったという。一瞬信じ難く、逆に虚けもここまでいけば並みではないと妙な感心をする道三であった。
 やがて尾張に放っている間諜から報せがあった。信長に対する諫言が功を奏さず、そのために中務丞が腹を切ったという噂は、じつは信長自らが流布しているという。道三はきつく腕組みして黙りこんだ。
 おそらくは尋常でない機微があったのであろう。信長と中務丞、余人の窺い知れぬ関係だったのだ。だがこればかりはいくら思いを巡らせてもよくわからない。
 実際のところは平手家の重立った者が中務丞を裏切って、信長の弟である勘十郎信行に(なび)いたことが原因であった。信長はそれを丸く収めるために、中務丞は自らの虚けを戒めて腹を切ったという強引な筋書きをつくりあげたのである。
 道三は虚けを実際に目の当たりにすることにした。即座に帰蝶を通して、段取りを重ねて薫風薫る初夏、富田の正徳寺を指定して信長と会うことにした。
 大坂本願寺から代理住職を入れた正徳寺は大刹である。美濃、尾張の両守護から赦し状をうけていたこともあって、両者が会うには丁度よい。
 信長は父信秀を病にて亡くし、織田の家督を継いだばかりである。が、虚けるさまは相変わらず、いや、さらに酷いものとなっているという噂で、父の葬式における非道などが面白可笑しく伝わってきている。
 ならば当方は虚けの恰好と徹底的な対比を狙う。道三は配下の古老たち以下に折目高な肩衣や袴を着用させ、正徳寺御堂の縁に並んで座らせることにした。
 守旧に凝り固まったかの老人をはじめとする八百人の正装した配下の前を、若輩にして虚けの信長に歩かせる。一興である。
 なぜか道三は帰蝶の折々の文と噂でしか知らぬ信長に、得も言われぬ親しみを抱いていたのであった。もちろん揶揄(から)かって、それにどう対応するかで信長の器量を見抜くつもりでもあった。
 加えて、ちょうどよい機会である。あまりにも箸にも棒にもかからぬようであれば、その場で斬り殺してしまうつもりだ。正徳寺という正式の場における虚けた恰好および奇矯なる振る舞いは、無礼討ちに値する。討ってしまえば、戦になるかもしれぬ。
 だが尾張織田家は、今川義元の尋常ならざる圧迫に曝されている。同族内の争いも目を覆わんばかりである。それを勘案すれば、道三と、いや義龍と一戦構えている余裕などない。義龍は戦の機微を心得ているから、尾張に攻め込むよいきっかけとなる。いままでは受けるばかりであったから、攻め込むとなれば義龍はさぞや昂ぶるであろう。
 帰蝶と信長の仲はすこぶる良好であるらしい。義龍が攻め込めば、帰蝶は人質同然、処刑されるであろう。そのあたり、義龍はどう思い巡らすか。帰蝶が伝える信長は、稚気が過ぎるようでいて、案外ものを深く考え抜いているようにも感じられる。
 ともあれ実際に見てみなければ、語りあってみなければ、判断がつかぬ。
 正徳寺がある富田は、富む田という地名があらわすとおり人家七百ほど、なかなかに富裕なところであった。
 道三は町外れの(しょう)(おく)に潜み、信長の恰好、そして付き随う者たちの様子を覗うことにした。よく晴れていて、暑いくらいだ。道三は腰をかがめ気味に、信長一行の行列を盗み見た。
 思わず、口が半開きになった。
 信長の恰好である。呆れたものだ。
 その頭は茶筅髷に結ってある。(もえ)()の平打ち紐に見えたが、老眼を凝らすと、それが荒縄を叩き潰して雑に染めたものであることが見てとれた。荒縄でぎりぎり捲きあげて、大きく育った茸のような頭である。
 上に着ているものは、なんと()(かた)(びら)──浴衣の袖を千切りとったもので、下は虎革および豹革を四色に染めあわせたなんとも奇矯な半袴、熨斗付太刀は金銀の膜を鞘に着せた異様に派手なものであり、その熨斗付太刀と脇差の双方の柄には、髷と同様、荒縄が巻いてある。腰のまわりには帰蝶が文にて猿遣いの恰好と面白可笑しく書いてよこした燧袋(ひうちぶくろ)に、大ぶりの瓢簞を八つほどさげてからからいわせていた。さらに意図は不明だが太い麻縄を腕輪に仕立てあげてある。
 しかも信長は、その異様な風体にて馬の首を背もたれにして天を仰ぐ恰好で、仰向けになって揺られているのである。つまり前を向いて馬に跨がっているのではなく、裸馬に後ろ向きになって四肢をだらりと下げて横たわっている──寝ているのだ。そんな信長を振り落とさぬのだから、たいした名馬である。
「いや、そんなことではない──」
 道三は呆れ果てていた。いやはや常軌を逸した虚けである。苦笑いも泛ばぬ。
 だが──。

18 修正

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