〈第1回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト2」

警視庁レッドリスト2

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 警務部人事第一課雇用開発係職場環境改善推進室。それがこの部署の正式名称だ。室長は、元警務部人事第一課監察係係長の阿久津慎警部。唯一の部下は、元警務部人事第一課制度調査係職場改善ホットラインの相談員の三雲みひろ巡査長。二人は約一年前、設立されて間もないこの部署に配属された。どちらも前部署でのトラブル絡みの異動だった。

 警察職員の違法・触法行為を取り締まるのが人事第一課監察係、通称・ヒトイチだが、そこではフォローしきれない事案を調査し、監察業務の対象とすべきかの報告を行うのが職場環境改善推進室の職務だ。予備監察、いわば下調べのため、調査対象の職員にみひろたちの目的を知られるのは御法度で、「職場環境の聞き取り調査」と称して接している。豆田はみひろの元上司で、監察係とのパイプ係兼お目付役だ。

 この約一年、みひろたちは本庁、所轄署の様々な部署の職員を調査してきた。それぞれの職員には「非違事案」、つまり不祥事の疑いがかけられており、それが事実の場合は免職、停職、減給、戒告などの懲戒処分がなされる。また免職にならなかった場合も、「罰俸転勤」という警察流の左遷が行われ、さらに「赤文字リスト」に名前を刻まれる。その有無は明言されず、警察職員からも伝説扱いされている赤文字リストだが、しっかり実在し、一度リスト入りした職員はどんなに努力し、功績を挙げても昇進できず、同じ部署で同じ階級のまま定年を迎えることになる。

 みひろと慎はこの赤文字リストを巡る陰謀に気づき、それは慎が監察係を追われるきっかけとなった事件とも繋がっており、二人で力を合わせて陰謀の正体を暴いた。しかし警察組織はこれを外部に漏らさず巧みに処理し、結果的にみひろと慎にはいつもの日常が戻り、同じ職務を担っている。

「それで、ご用件は? 稲葉進巡査部長の件は後ほど報告書を作成して提出します」

 向かいから、極めて冷静な慎の声がした。みひろと豆田がやり合っている間に自分の席に着き、ノートパソコンを開いている。

「はいはい。失礼しました」

 豆田は言い、みひろの机に置いてあったファイルを取った。

「戻って来た早々恐縮ですが、監察係から次の調査事案が届いています」

 そう告げて、豆田はファイルを差し出した。受け取った慎はすぐに中の書類を出して読み始める。それを見ながら、みひろは問うた。

「今度はどんな事案ですか?」

「これまでとは別の意味で、厄介だよ」

 豆田は答え、身を縮めるようにして眉根を寄せた。別の意味がどういう意味かみひろが問おうとした時、慎は立ち上がり、こちらを見た。

「三雲さん。出動です」

 

 3

 みひろと慎は駐車場に戻ってセダンに乗り、本庁を出発した。内堀通りの桜並木にはまだ少し花が残っていて、眺めたり写真を撮ったりする人で賑わっている。晴天で気温も高く、豆田が言った通り春爛漫だ。

「十日ほど前、職場改善ホットラインに『いじめが発生している』と内通電話があったんですね。内通者は氏名や所属部署は名乗らなかったものの女性で、『いじめが発生しているのは、吉祥寺署会計課用度係』と告げた。用度係って、事務職? 警察の職員って、警察官だけじゃないんですよね」

 助手席で資料に目を通し、みひろは言った。前を向いてハンドルを握り、慎は頷いた。

「ええ。警察行政職員と一般非常勤職員がいます。二〇二〇年四月一日現在、警察行政職員は約三千名。職務は受付や会計、設備や備品の管理、遺失物・拾得物の対応などの事務と通訳、土木、建築、電気、鑑識技術、自動車整備や自動車運転免許試験官などの技術の二種類。採用後はひと月ほどですが警察学校に通い、転勤や当番、すなわち宿直もあります」

「そう言えば、私が中途採用された時にも白衣の人から適性と心理判定のテストを受けました。あの人も警察行政職員ですね」

「中途採用ではなく、経験者採用……はい。心理カウンセラーでしょう。我が国の警察は警察行政職員と警察官が両輪となり、国民の安全と安心を守っています。警察行政職員は裏方ではありますが、非常に重要な職責を担っているのです」

「よくわかりました……中途でも経験でも、似たようなもんじゃない。しかも後半なぜか演説口調だし」

「三雲さん。頭に浮かんだことを知らないうちに口に出すクセ、そろそろ治しましょうか」

 前を向いたまま無表情、しかし冷ややかに慎が告げる。みひろは、「すみませ〜ん。了解です」と作り笑顔で恐縮しつつ、心の中で「無理。ていうか、これでガス抜きしないと室長とはやっていけない」と断言した。慎が続ける。

「警察行政職員にも警察官の階級構成に相当する昇任制度があり、主事からスタートして主任、副主査、係長職、副参事、参事とキャリアアップが可能です……三雲さんは、巡査部長の昇任試験は受けないんですか? この春巡査から巡査長に昇任しましたし、資格はありますよ」

「あ、キャリアアップとか興味ないんで」

 みひろは即答した。ちなみに巡査から巡査長への昇任試験はなく、警察官として一定期間勤務し、とくに問題がなければ自動的に任命される。

 慎は無言だったが、「向上心がない」等説教されるのではと焦りが湧き、みひろは話を変えた。

「警察官と両輪なら、警察行政職員も非違事案が認められれば懲戒処分になるんですね」

「もちろん。警察職員であることには変わりありませんから。懲戒処分の指針に基づいて懲戒権が行使され、刑法、道路交通法、国家公務員法など関連刑罰法令に抵触する場合は別個手続きが進められます」

 こちらも即答。運転を続けるその横顔は職務への熱意に溢れているが、同時に規律を遵守することに酔っているようにも見える。

「レッドリスト計画」の一件では、あんな目に遭ったのに。みひろは呆れつつも、慎の鉄の意志に感心した。

(つづく)

 


「警視庁レッドリスト」シリーズ連載アーカイヴ

 

加藤実秋(かとう・みあき)
1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。『インディゴの夜』はシリーズ化、ドラマ化され、ベストセラーとなる。ほかにも、『モップガール』シリーズ、『アー・ユー・テディ?』シリーズ、『メゾン・ド・ポリス』シリーズなどドラマ化作多数。近著に、『渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ』、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』がある。
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