ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十五回 「あしたのジョー」で町おこし 吉原と山谷に挟まれた「いろは会商店街」の今
映画やドラマの撮影場所に
スカイツリーによる経済効果は、あしたのジョーだけにとどまらなかった。
いろは会通りから南の方を見晴るかすと、スカイツリーのそびえ立つ様が空にくっきり見える。この景観により「撮影に適している」と業界で話題になり、いろは会通りは、ドラマや映画、CMの撮影現場として頻繁に使われ始めた。奇しくも同時期、アーケードを撤去するという話が持ち上がり、商店街振興組合としても資金が必要だった。そこで有料の撮影現場として提供した。
撮影されたドラマは2014年放映の「若者たち」(フジテレビ)。主演の妻夫木聡や蒼井優らそうそうたる顔ぶれが、あのいろは会商店街で演じていたのだ。堀田さんが言う。
「妻夫木さんたちは何度もいろは会通りで撮影していました。野次馬はそれほど見に来ませんでしたね。当時はアーケードがありましたので、雨が強く降らない限りは撮影に支障ありませんでした」
そのほか山田孝之主演の映画「闇金ウシジマくん」や大手銀行のCMなどの撮影場所としても使われた。
「まだそこまで知られていなかった菅田将暉さんも撮影で来ていましたね。今思えば、サインをもらっておけば良かったな」
出演者たちの楽屋代わりに使われたのが、商店街振興組合の事務所だった。元々は「吉景館」という劇場があったところで、あの梅沢富美男が役者として初舞台を踏んだ場所でもある。ところが東京オリンピックが開催された昭和39年の11月に火災が発生して全焼し、死者7人、負傷者4人を出す大惨事となった。現在はその跡形もなく、振興組合の事務所があるが、その隣で開業していた「走ろう整骨鍼灸院」には、歌手の西城秀樹が亡くなる直前までリハビリに通い続けていた。堀田さんが回想する。
「西城さんが脳梗塞をやってから数年、毎日通っていましたね。紺色のジャガーが駐まると、マネージャーっぽい若い男性と、鍼灸院の先生と2人で西城さんの両肩を担いで整骨院に入って行くんです。中では、天井から宙吊りのような状態で歩行練習をしたり、先生のマッサージを受ける姿も見ました。振興組合の事務所がすぐ隣だったので」
この整骨院は、西城秀樹が2018年5月に亡くなってから数カ月後に休業したという。現在はシャッターが下りたままだが、看板は残っている。
堀田さんのパン店「ぶれ〜て」もドラマの撮影現場に使われた。14年にテレビ東京で放送された探偵もので、その主題歌を担当したアーティスト「EGO-WRAPPIN’」のメンバー、森雅樹さんとの偶然の出会いが、町おこしにつながった。堀田さんがよく行く近くの銭湯が、近所に住む森さんも常連だったというのだ。番頭からそれを知らされた堀田さんは、「次回、森さんが来た時に呼んで下さい」と伝えたら、森さんのほうから「ぶれ〜て」へやって来た。町おこしの一環として何らかのイベントを考えていた矢先のことで、駄目元で「いろは会商店街でライブをやって下さい」とお願いしたところ、その1カ月後、「全員スケジュール大丈夫です」と承諾の返事をもらった。
そうして14、15年に、EGO-WRAPPIN’をメインバンドとするライブが開催された。台東区のYouTube公式チャンネルに、15年の模様が20分の動画で公開されている。ボーカルの中納良恵さんが舞台から「こんばんは!」と勢いよく挨拶すると、会場から大きな歓声が沸き上がった。溢れんばかりの人混みと熱気が、映像からも伝わってくる。集まった人数は約3000人で、近年にはまずみられない光景だ。舞台挨拶で振興組合理事長の青木さんが思わず「昔は毎日これくらい人が集まっていました」と語ったほどである。
ミュージックフェスは大盛況に終わったが、その翌年からはアーケードの撤去で資金に余裕がなくなったため、開催は見送られた。