池上彰・総理の秘密<9>

トランプ新政権のスタートで、為替の値動きや、各国の米国へのハードな対応などに日々変化が見られ、日本でも、安倍総理大臣の動向から目が離せません。大好評の連載の第9回目は、多忙を極める総理の一日に注目。池上彰氏がわかりやすく解説します。知っているとニュースがより面白くなり、他の人に自慢したくなるコラム。

「総理の一日」を読み解く

総理大臣の仕事は激務です。早朝から深夜まで、さまざまな相手と会っています。そんな総理の行動がわかるのが、新聞各紙の政治面(主に2面)に掲載されている前日の総理の行動です。

朝日新聞は「首相動静」、毎日新聞は「首相日々」、読売新聞は「安倍あべ首相の一日」、日経新聞は「安倍首相の動静」という欄で、前日の午前と午後、総理がだれと会い、どこに行ったかが詳しく掲載されています。

総理としての公務以外にも、家族や友人との食事などプライベートな情報も掲載され、総理の行動が明らかになります。 過去には、連日高級料亭で会食していた総理もいれば、週末には書店に足を運び、大量の書籍を購入していた総理もいます。 菅直人総理は、官僚とは滅多に会いませんでしたが、野田佳彦よしひこ総理は、財務省の官僚とよく会っています。それぞれのスタンスが見えてきます。

この「首相動静」欄を外交に生かした外交官もいます。外務省アジア大洋州局長だった田中均たなかひとし氏です。北朝鮮の拉致らち問題を北朝鮮の担当者と水面下で交渉する際、自分がいかに当時の小泉純一郎こいずみじゅんいちろう総理と太いパイプを持っているかを示すため、北朝鮮の担当者に、この欄を見るように求めたそうです。自分の名前が頻繁ひんぱんに登場し、小泉総理と会っている様子がわかるからです。

ただし、総理官邸が建て替えられてからは、記者たちの目の届かないルートを通って総理執務室に入ることが可能になりました。これ以降、「首相動静」に報じられる会談以外にも、極秘の会談がありうるようになりました。

したがって、総理官邸に正面から入って総理に会う人たちは、「首相動静」に掲載されることを承知の上です。つまり、明らかになっても構わない会談だけが掲載されているともいえます。むしろ掲載を望んでいる人ともいえるでしょう。

池上彰 プロフイール

いけがみ・あきら
ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。報道記者として事件や事故、教育問題などを取材。「週刊こどもニュース」キャスターを経て、2005年に独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『1テーマ5分でわかる世界のニュースの基礎知識』ほか多数。2012年、東京工業大学教授に就任。16年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。

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首相日々(毎日新聞朝刊) 野田佳彦(のだよしひこ)元総理の2012年(平成24)1月10日の公的スケジュール。この日は東日本大震災の被災地を訪問し、水産加工会社やセメント工場などの製造業を視察。また、仮設住宅の被災者とも懇談するなど、東北復興に気を配る姿勢が伝わる。 2012年1月11日付け毎日新聞朝刊掲載/共同通信社配信

(『池上彰と学ぶ日本の総理9』小学館より)

初出:P+D MAGAZINE(2017/01/27)

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