リレーエッセイ

思い出の味 ◈ 町田そのこ
 惣菜のコロッケを食べていてふと、必殺技を持っていない事に気付いた。これは旨いと人を唸らせ、己も自信を持って提供できる必殺技的得意料理が、ない。  私の母のそれが、コロッケだ。レパートリーの中で抜きん
思い出の味 ◈ 須賀しのぶ
 小学校では学年ごとにさまざまな植物を育てたが、いつ何の植物を育てたかは曖昧だ。その中でじゃが芋だけは覚えている。小学六年生の春だった。  芋を育てる過程で光合成の実験をし、でんぷんを調べ、最後は収穫
思い出の味 ◈ 山口恵以子
 九一歳の母は、去年の九月までは家の中を伝い歩きが出来て、要介護2だった。命の終わりまで低空飛行なりにこの状態が続くと思い込んでいたら、突然直腸から大出血して救急搬送され、寝たきりになってしまった。現
思い出の味 ◈ 伽古屋圭市
 この思い出は、夏の陽炎の向こう側にあるように、ひどくぼんやりとしている。  六、七歳前後のころだろうか、父に連れられて京都府北部にある舞鶴に行ったことが何度かある。いつも決まって夏のことだった。  
思い出の味 ◈ 今村翔吾
 かつて私は好物でもない食材を、必死で追い求める日々を過ごした。  京都府の南端、相楽郡和束町と謂う地がある。面積は、東京二十三区で一番大きい大田区よりも広い約六十五㎢ 。人口は約四千人。山河が大半を
思い出の味 ◈ 河﨑秋子
 児童書や絵本では、おいしそうな食べ物が登場する作品は人気が高いという。私も、『ちびくろ・さんぼ』のホットケーキやモモちゃんシリーズに出てくるとろとろのおかゆさんに憧れたものだ。  その中で、強く記憶
思い出の味 ◈ 小川 哲
 妹とよく、母が作っていたトーストの話をする。僕の家では毎日の朝食はトーストと決まっていて、八枚切りの食パンに、塗られるものが毎朝変わるシステムだった。バター、ママレード、イチゴジャム、ピーナッツバタ
思い出の味 ◈ 友井 羊
 デビュー前に激務の会社で働いていた。終電で帰路につき、自宅最寄り駅に到着したときは大抵深夜一時を過ぎていた。  寒い冬の時期、ふらふらとした状態で家の近くにある某牛丼チェーンに立ち寄った。二十四時間
思い出の味 ◈ 彩瀬まる
 理不尽だなあ、と思うことがある。  私は今、三歳の子供を育てている。今のところ概ね子育ては楽しい。  楽しいのだけどストレスはある。うちの場合は食事だ。  硬すぎず、噛みちぎりやすく、味がはっきりし
omoide
 小学五年生の頃、同級生が興奮気味に、親戚がトンカツに醤油をかけて食べていたと語りました。カツに醤油はおかしいというのです。彼女の言葉に深くうなずき、私は同じぐらいの熱量で答えました。 「そうだよね、
omoide
 今から二十年以上前の話である。当時、父は入院していた。咳がなかなか治らないと言って検査に行き、そこで肺がんが見つかったのだった。  すでに手術が出来る状態ではなく、担当医師からは余命半年です、と言わ
omoide
 昨年末に、『ランチ酒』という作品を上梓させていただいた。十六軒の実在のお店を舞台に、若い女性がランチとお酒を楽しむというコンセプトの小説で、連載期間は昨年一月から八ヶ月、その半年ほど前からいろいろな
omoide
 萩尾望都さんの「ポーの一族」はマンガ史に残る傑作です。宝塚で舞台化されたので、早速観てきました。以来、「ポーの一族」愛が再燃し、ついでに梅干しのことを考えています。  あれは小学校五年生のときでした
omoide
 私の思い出の味は『ねるねるねるね』です。ご存知ない方にはなにを言っているんだ? と思われてしまいそうですが、『ねるねるねるね』はクラシエフーズ様より販売されている、いわゆる知育菓子です。 ポップなイ
omoide
 毎年インフルエンザが流行する時期になると両親から、ワクチンは受けたのか、と尋ねられます。というのも、僕はとても体の弱い幼児期を過ごしたのです。別に先天的な疾患を持っていたわけではなく、ただただ病気が
syeiku
 運転中、セブン-イレブンの看板が目に入ると、父は必ず「メロンシェイク飲むか?」と言った。私と兄が子どもの頃、セブン-イレブンがカウンターでシェイクを売っていた頃のことで、飲む、と私たちも必ずそう答え
さくらんぼ
 もう、あのさくらんぼは食べられないのか。  そう思った時、古くからの友人をなくしてしまったかのような喪失感を覚えた。  我が家には、さくらんぼの木がある。畑で一番大きな木で、実が鈴なりとなると、まる
早弁
「思い出の味」というお題を頂戴して、即座に様々な記憶が呼び覚まされた。いずれも自分にとっては大切な記憶であり、味である。しかし、それらについて記した文章が読者にとって面白いものになるかどうか、今ひとつ