逆説の日本史

日本文化の構造的欠陥を糺す!

 本書では、近現代史考察するための序論として「近現代史を歪める人々」と題したう1章を冒頭に特別に設け、日本民族が抱える最大の問題の一つである「バカトップ問題」について考察しています。  最高の教育を受け 優秀な成績を収めながら、一番肝心な常識がわかっていないエリートがなぜか組織のトップになってしまい、その組織を滅亡に導く……古くは、大日本帝国を破滅させた陸軍参謀本部、そして戦後は、「常識に欠け、きわめて傲慢」な点で旧陸軍と酷似した朝日新聞社が犯してきた罪について厳しく断罪します。  また、歴史教科書などではあまり詳しく触れられることが少ない「琉球処分」についても解説。沖縄はいかにして大日本帝国に編入されたのか? 朱子学を通して琉球史を概観することができます。  さらに、明治政府が行なった「宗教の整備」について、全国を吹き荒れた「廃仏毀釈」の凄まじさ——あの奈良・興福寺の五重塔さえもスクラップにして売り払われる寸前だった——に焦点を当て、宗教史にも造詣が深い著者ならではの独自の解釈を盛り込んでいます。

「維新の英雄」はなぜ自滅の道を選んだのか

 『週刊ポスト』誌上で四半世紀以上にわたって連載中の、作家・井沢元彦氏による歴史ノンフィクション『逆説の日本史』。文庫22巻より、いよいよ明治時代に突入します。  第一章「明治維新編」と第二章「明治政府のグランドデザイン編」では、維新を成し遂げた明治新政府面々の奮闘ぶりを紹介。  続く第三章「明治六年の政変編」では、維新の立役者である大久保・木戸と西郷・板垣の深刻な対立に発展した明治六年の政変と、その原因となった「征韓論」についてわかりやすく解説しています。  第四章「サムライたちの反抗編」は、悲運の男・江藤新平と佐賀の乱についての考察。  そして第五章「サムライたちの反抗編2」では、西南戦争における“最強”西郷軍敗退の謎に迫ります。  なお今回巻末に「補遺編」として、『逆説の日本史』第一巻の刊行以降に判明した歴史的発見を踏まえ、これまでの『逆説』の訂正や付記も収録しています。

怒濤の「幕末年代史編」堂々完結!

 『週刊ポスト』誌上で好評連載中の歴史ノンフィクション『逆説の日本史』。ペリーによる黒船来航から始まった「幕末年代史編」最終章が、満を持して文庫化されました。  長州の高杉晋作が正義派(討幕派)を率いて功山寺で挙兵した1865年から、翌年の薩長同盟成立を経て、大政奉還そして王政の大号令へ。そしてついに明治維新がなった1868年までの激動の4年間を詳説。「高杉晋作は本当に“長州絶対主義者”だったのか?」「“犬猿の仲”であった薩長を接近させた坂本龍馬の“秘策”とは何だったのか?」「“孝明天皇暗殺説”は信じるに足る学説なのか?」「官軍に対する“江戸焦土作戦”とは勝海舟のブラフだったのか?」などなど、歴史の狭間に埋もれがちな数々の謎と疑問を、切れ味鋭い「井沢史観」で解き明かします。  維新から150年。「明治維新とは一体何だったのか?」について、あらためて考え直すための最良の一冊です。

覚醒した薩摩、目覚めなかった長州

 世にに言う「八月十八日の政変」で京を追われた長州は失地回復を狙って出兵を行なうも、会津・薩摩連合軍の前に敗走する。この「禁門(蛤御門)の変」以降、長州と薩摩は犬猿の仲となるが、その後、坂本龍馬の仲介で「薩長同盟」が成立。やがて両藩は明治維新を成し遂げるために協力して大きな力を発揮した——。 以上はよく知られた歴史的事実であるが、じつは禁門の変以前の薩長の関係は大変良好であった。策士・久坂玄瑞の働きにより、すでに「薩長同盟」は実質的に成立していた、と言っても過言では無い状態だったのである。 では、友好だった両藩が、「八月十八日の政変」「禁門の変」へと突き進み互いに憎しみあい敵対するようになったのはなぜなのか? そこには、兄・島津斉彬に対するコンプレックスを抱えた“バカ殿”久光を国父に戴き、生麦事件や薩英戦争を引き起こしながらも「攘夷」の無謀さに目覚めた薩摩と、“そうせい侯”毛利敬親が藩内の「小攘夷」派を抑えきれず、ついには「朝敵」の汚名を着ることにまでなってしまった長州との決定的な違いがあった。

一発の銃弾が日本の歴史を変えた!

 幕府老中首座・堀田正睦は手を焼いていた。“水戸のご老公”こと水戸藩主・ 徳川斉昭が、日米修好通商条約の調印に断固反対だったからである。そこで堀田がとった手段は、朝廷から「勅許」を得て斉昭を納得させようという方法であった。だがこの安直な判断は、やがて幕府を崩壊へと導く……。 堀田の目論見は外れ、孝明天皇が条約調印に強く反対したため幕府は勅許無しでの調印を強行する。強引な幕府に対する批判は、一橋派と南紀派が激しく争う将軍継嗣問題をも巻き込んで過熱化し、「幕府VS水戸藩」の対立は決定的になった。この両者の確執は、孝明天皇が水戸藩に発した「戊午の密勅」に激怒した大老・井伊直による「安政の大獄」という粛正の嵐に発展し、吉田松陰、橋本左内といった多くの有為の人材が失われてしまう。 安政7年(1860)3月3日、江戸・桜田門外。季節外れの大雪のなかを登城する井伊の行列に、18人の襲撃者たちが襲いかかった。井伊は駕籠に乗ったまま銃撃され、斬殺される。 相次ぐ流血の事態に幕府の権威は失墜。時代は「討幕」「尊王攘夷」へと変わってゆくのであった。

アメリカを怒らせた幕末日本のお粗末外交!

 "嘉永6年(1853)、アメリカ東インド艦隊司令長官マシュー・ペリー率いる“黒船艦隊""が浦賀に来航した。「突然」の来航に浦賀奉行所は慌てふためいたが、じつはペリー来航の情報は、これより前にオランダ商館長より幕府にもたらされていた。ペリーは決して「突然」やってきたわけではなかったのだ。「何もしない」「問題先送り」体質にどっぷり染まった幕府は、アメリカ使節団への対応も後手後手にまわる。“偽奉行”に交渉させたり、「二枚舌」を使って交渉をのらりくらりと長引かせるなど幕府の「その場しのぎ」の対応に、当初は友好的な態度で交渉に臨んでいたアメリカ側は激怒。「砲艦外交」へと舵を切る……。しかしその後も、英語に堪能なジョン万次郎を「讒言」で交渉役から外したり、挙げ句の果てには条約文を意図的に「誤訳」したりとお粗末な外交を続ける幕府は、やがてその終焉を迎えることになる。  シリーズ累計500万部突破! ノンフィクションの金字塔、「幕末年代史編」第1部待望の文庫化です!"

幕末前夜の「闇の歴史」を暴く!

 第1章では、東北地方から北海道、さらには千島列島まで、独自の文化を育んできたアイヌの歴史を照射する。和人が蝦夷地に進出する契機となった北東北の争いから和人の過酷な仕打ちに端を発した「アイヌ三大蜂起」。さらには、老中・松平定信が蝦夷地調査報告書を黙殺した理由にも迫る。 第2章では、幕末に燎原の火の如く盛り上がった尊皇攘夷思想の源流ともいえる国学思想の成り立ちを、荷田春満、本居宣長、賀茂真淵、平田篤胤ら「国学四大人」の軌跡を通じて解読する。 第3章では、天保の改革に挑んだ徳川幕府が「祖法大事」と変革の波に乗り遅れる様を詳述。優秀な官吏が国の行く末を見誤っていく歴史をあますところなく活写する。 第4章では、「なぜ日本の道路舗装率が中国・韓国などより低いのか?」という命題から、いたずらに開発に走らず、身の丈にあった暮らし、完全リサイクル社会を実現していた江戸の暮らしに陽を当てる。

家康の密命と家光の兄弟愛

 御三家水戸家に家康が与えた“密命”とは? 徳川家存続のための秘策を思想化した水戸光圀と、その思想が結果的に幕府を崩壊に追いやることになった歴史の皮肉を解き明かす第一章。さらに、将軍の子として生を受けながら他家に養子に出された保科正之と兄家光の“兄弟愛”が幕末会津藩の悲劇の源流にあることに論及した第二章など歴史の深層から著者が掘りだした秘話が満載。リーダー必読の上杉鷹山「伝国の辞」の背景や江戸町人の文化歌舞伎や俳諧のルーツにも迫った歴史ノンフィクション第16弾!

8代将軍吉宗は名君に非ず

 『週刊ポスト』連載の大好評歴史ノンフィクション第15弾! 本巻の主役は、御三家紀州徳川家から江戸幕府第8代将軍となった徳川吉宗。目安箱の設置、大岡忠相の登用など歴代将軍随一の名君と称される吉宗だが、その一方で、 「政治家としての最大の欠点は、生きた経済というものがまるでわかっていない」という問題を抱えていた。吉宗の経済政策失敗の背景にある「商業軽視」という徳川政権の根本的課題に斬りこみ、積極的な経済政策で繁栄する名古屋藩藩主徳川宗春との対決の真相を解き明かす。 さらに、「賄賂政治」を行なったとして悪名高い田沼意次の再評価に挑む。本当に彼は非難されるべき政治家だったのか? 田沼を失脚させて政権を握った松平定信(吉宗の孫)の寛政の改革は誰のための政治だったのか? 幕府という巨大組織の権力闘争の内幕に迫る。歴史の常識といわれている事柄がいかに空疎なものかを暴く著者渾身の一冊!

家康が恐れた「大奥のキリシタン」

 若き日の徳川家康を苦しめた浄土真宗信徒らによる「一向一揆」。家康は約30万人に膨れ上がり勢力を増すキリシタンに「一向一揆」化の悪夢を見た。 折しも江戸城大奥では女中・おたあジュリアを中心にキリシタンが増加し、家康の悪夢は現実のものとなりつつあった。 「伴天連追放令」から鎖国へと展開される徳川幕府の外交政策の裏面史を抉るとともに、徳川家康が「戦国日本」をいかにリストラし、「徳川三〇〇年」の礎をいかに築いたかを解明する!

 文庫版発刊240万部を突破。いまや押しも押されもせぬ国民的ベストセラーになった“逆説”シリーズ最新刊。題して「天下泰平と家康の謎」、歴史はいよいよ戦国から近世の世となる。天下分け目の関ヶ原の戦いに勝つことによって、家康は事実上天下を制した。しかし、その勝利はそれよりさかのぼること50日余り前に行われた軍議の席で決まっていたのだ。すなわち“会議に勝つこと”で、家康は勝利を手中にしていたのである。俗に“鳴かぬなら鳴くまで待とう”といわれた謀略の天才家康の真骨頂がここにある。

 戦国乱世の三大英傑のひとり、世に“鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス”とその人性を表される豊臣秀吉とはいかなる人物であったか? その虚像と実像を解き明かし、信長亡き後、最大のライバルであった徳川家康をいかに屈服させたかをはじめ、秀吉の天下乗っ取りの大戦略に迫る。とりわけ、秀吉の海外への野望について、歴史用語としての「朝鮮征伐」が教科書から抹殺された事由を説き、戦後教育の歪みを衝く衝撃の問題提起編。

 「足利将軍義昭との抗争」「一向一揆はじめとする抵抗勢力の大虐殺」「安土城建設」そして日本の歴史史上最大の謎である「本能寺の変の真相に迫る」“破壊王”信長こそニッポンという国家像を描き、天下一統のグランドプランを実現していったのである。しかし。思いなかばで本能寺に斃れた一代の梟雄の栄光と挫折を描く。歴史学会の定説を覆し、「信長論」の新たなる地平を切り開く第10巻、待望の文庫化なる。

国民的ベストセラーシリーズ最新刊

 歴史ノンフィクションの傑作シリーズ 待望の文庫最新刊「戦国野望編」。日本史上最大の価値転換の時代を勝ち抜いた天下人の資質を徹底検証する。武田信玄の限界編「戦国最強の騎馬軍団と経済政策」織田信長の野望編「天下布武と平安楽土の戦略」など下克上の時代を先頭をきって生き抜いた戦国武将の人間ドラマを追いながら混迷の時代に勝ち残る条件を探る“井沢流歴史観”の白眉、待望の文庫化。

 室町時代といえば足利尊氏が南北朝の混乱期を経て武家政権を確立した1336年から織田信長によって将軍足利義昭が追放された1573年までの間を指すが、本書は“天皇になろうとした将軍”足利義満の権勢の後、室町幕府の弱体化が進行する過程に焦点を絞り、来るべき群雄割拠の時代の予兆を詳述する。“無政府状態”と化した時代—下克上の世になぜ、宗教の力が全国に及び、日本歴史上有数の禅宗文化が花開いたか、その謎に迫る痛快日本史、必読の書。

中世王権をめぐる戦乱の記をなぜ『太平記』と呼ぶのか?

 日本歴史史上、天皇という王権がこれほどまでに激震した時代があったろうか。王権をめぐって天皇家と、武力をもってのし上がった足利氏との争乱には多くの謎が秘められていた。たとえば、なぜ戦乱の記を『太平記』と呼ぶのか? 「天皇家乗っ取り」目前に急死した足利義満は暗殺されたのか? その義満の野望を、金閣寺の奇妙な三層構造から解読するという大胆な手法を駆使した著者会心の歴史ノンフィクション待望の文庫化なる。

危機管理能力欠如という現在日本の病理を掘り起こす

 「神国」ニッポンは元寇勝利の“奇蹟”により何を失ったのか?! 鎌倉幕府滅亡の背景を掘り起こしながら、責任の所在が曖昧で、危機管理能力が欠落しているという現代日本の病巣の淵源を明らかにする。カミカゼという天祐による勝利信仰が後世の危機管理意識の脆弱さを生んだ、という著者の指摘は昨今の有事論争をまつまでもなく現代日本を生きる者にとって非常に示唆的な警世の書である。

待望の第5弾。鎌倉幕府樹立への道程は『源源合戦だった』

 "源氏はいかにして平家を打倒し、武士政権を樹立していったのか。その解明の鍵は、""源源合戦""にあった。また、義経は「戦術」の天才でありながらも頼朝の「戦略」を理解することができなかった。 日本人が八百年にわたって錯覚してきた『平家物語』、そして「義経伝説」の虚妄を抉る。第一章/源頼朝と北条一族編──「源源合戦」「幕府成立」を予見した北条時政の謀略第二章/源義経と奥州藤原氏編──""戦術の天才""義経が陥った「落とし穴」第三章/執権北条一族の陰謀編──鎌倉「幕府」を教える歴史教科書の陥穽、ほか全五章。"

封印された歴史をウラ側から読み解く第4弾!

 "日本人の「平和意識」には、ケガレ思想に基づく偏見があり、特に軍隊というものに対する見方が極めて厳しく、「軍隊無用論」のような、世界の常識では有り得ない空理空論をもてあそぶ傾向が強い。また、差別意識を生むケガレ忌避思想を解明し、その精神性の本質に迫る。第一章/『古今和歌集』と六歌仙編・""怨霊化""を危険視された政争の敗者、第二章/良房と天皇家編平安中期の政治をめぐる血の抗争 ほか全七章。解説・川村亨夫。"

軍隊と平和憲法論争の原点は平安京にあった!

 「軍隊と平和憲法」論争の原点は平安京にあった・意表を衝く問題提起の根底にあるものとは、「天皇(家)および平安政府の軍備放棄というのは、日本史上極めて重大な、エポックメーキングな出来事である」(あとがきより)。なぜか、著者はその理由の一つは「言霊」であると説く。日本人固有の言霊信仰という新たな視点から、日本史の真実に迫る。解説・大月隆寛。

小学館文庫シリーズ